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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4091号 判決

原告

国分高男

被告

富永恭輔

ほか三名

主文

一  被告らは各自、原告に対し一〇〇万円及びうち九一万円に対する昭和四七年六月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一四分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは各自原告に対して金一四〇一万二二三三円及びうち一三〇一万二二三三円に対する昭和四七年六月一〇日以降支払済みにいたるまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び第一項について仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

(一)  原告は昭和四七年六月一〇日午後七時一〇分頃、小平市鈴木町一丁目一〇一番地先自衛隊官舎付近の道路上を原動機付自転車(小平市は五九四号、以下原告車という)に酒の空ビン一ダースを荷台に乗せて、左側(進行方向に向つて、以下同じ)歩道から約二メートル中央寄りを進行、別紙図面街灯B付近に来たとき、先方の同図面街灯A付近の左側歩道(フエンス外側)上でバレー用ボールでボール投げをしていた富永恭子(以下恭子という)と中尾清次(以下清次という)を発見した。

原告は、子供はボール投げをして遊ぶときはボールがころがるとそれを追つて出てくることがあるので、先方の子供達を避けるため右斜めに進行し、別紙図面電柱Aの方に向つて進行した。ところがボールが突然道路上に転がり出し、時速約三〇キロメートルで進行中の原告車の前輪にくい込み、そのはずみで原告車が転倒し、原告は前方に投げ出され、よつて右脛骨々折兼右膝半月板粉砕の傷害を負つた。

(二)  被害者原告の治療経過

昭和四七年六月一〇日より同年七月五日までの二六日間及び昭和四八年二月三日より同月八日まで六日間の二度にわたる入院、昭和四七年七月六日により昭和四八年三月一六日まで通院(実治療日数四七日)、その間マツサージ治療八日間を受けた。

(三)  後遺症

(1) 症状 右膝関節運動障害(伸展一六〇度、屈曲九〇ないし九二度)が固定し、坐ることすら出来ない。

(2) 右に自賠法施行令別表等級一〇級一〇号に該当する。

二  (責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  すなわち今日のような高速度交通機関が発達し、交通事故が頻発している状況の中において本件道路や歩道付近で大きなボールを投げ合う遊びをすれば、車道にボールが転り出て、交通事故が発生することは十分予見しえたにも拘らず、不注意にも恭子と清次は、ボール投げをしたため本件事故発生に至つたものである。そして恭子(当時一三才)、清次(当時一〇才)は不法行為上の責任を弁護する能力を具えていないものであるところ、被告富永恭輔(以下被告恭輔という)、同富永ノブ子(以下被告ノブ子という)は恭子の父及び母であり、被告中尾次夫(以下被告次夫という)、同中尾マサト(以下被告マサトという)は清次の父及び母であるから、法定監督義務者として、恭子、清次が前記行為により原告に与えた損害を賠償する責任がある。

(二)  仮に恭子、清次に責任能力があるとしても、次のとおり主張する。すなわち、今日のように高速度交通機関が発達し、交通事故が頻発している状況の中に於ては、法定監督義務者は交通事故発生の防止のため、交通道徳及び道路付近での未成年者の遊びについて危険をさけ、又危険な遊びをしないように一般的又は個別的に厳重な注意を与えるべき義務があるのである。しかるに被告らは歩道上で大きなボールを投げ合う等という非常に危険な遊びをしている恭子、清次に対し、しかるべき注意を与えず放置していたものであり、なかんづく、被告ノブ子は、本件事故が起る直前まで恭子、清次と共にボール投げを行つており、夕暮になつたので一人自宅に帰つてしまつたという事実すらあるのである、更に、恭子、清次は被告ノブ子が帰宅した後も二人でボール投げを続けており、通常ならば夕食の時間である七時を過ぎても遊びを続けていたという事実を併せ考えるならば、被告らの監督義務懈怠は明らかである。

被告らが、恭子、清次の行動について相当の注意を怠らず、同人等に対し、適切な生活指導ないし注意を与えていたならば本件事故は未然に防止出来たはずであり、この意味において被告らの監督義務者としての注意義務の懈怠と原告の前記傷害との間には因果関係が存することは明白である。

三  (損害)

(一)  治療関係書 一六万三一八五円

1 治療費 (第一、二回知念医院入院費、同院通院治療費) 六万一一一〇円

2 マツサージ代 五六〇〇円

3 入院雑費 (文書料、妻の病院往復費を含む。) 四万四一七五円

4 医師、看護婦等に対する謝札 一万八〇〇〇円

5 通院交通費 三万四三〇〇円

(二)  逸失利益 一一七四万六七九八円

原告は、昭和四〇年一一月肩書地において妻と二人で酒屋を開業、以来得意先を開拓し、営業も次第に軌道に乗つて来た矢先本件事故にあつた。ところで昭和四一年度以来の各年度の原告方の売上高は別表のとおりであり、四二年度以降の売上高ののび率は前年を一〇〇とした場合平均一〇八であることが明白である。とすれば昭和四六年度の売上高二一六五万八〇三四円を一〇〇として平均のび率を考慮すると。四七年度は二三三九万〇六七七円の売上が予想された。又は純利益は売上の一八パーセント考えられ、四七年度の予想年間純利益は、四二一万〇三二二円と考えるのが相当である。

原告の酒屋は妻の助力を得て営業している事を考慮すると、右年間純利益の内三分の一は妻の働きによるものとし、残り三分の二は原告の働きによるものとするが相当であるから、原告の労働による四七年度収入は、二八〇万六八八一円となる。

してみると原告は、前記後遺症により、次のとおり将来得べかりし利益を喪夫したことになり、その額は一一七四万六七九八円と算定される。

(収益) 年二八〇万六八八一円

(稼働可能年数) 二四年

(労働能力低下の存すべき期間) 二四年

(労働能力喪失率) 二七パーセント

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算による。

(三)  慰藉料 一〇九万七五〇〇円

原告の本件傷害及び後遺症による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み右の額が相当である。

(四)  原告車修理費 四七五〇円

原告は、本件事故により原告車を損壊され、修理費として四七五〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(五)  弁護士費用 一〇〇万円

以上により原告は被告らに対し一三〇一万二二三三円を請求しうるところ、被告らはその任意の支払をしないので原告らはやむなく弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立を委任し、手数料として五〇万円を支払つた外成功報酬として五〇万円を支払うことを約している。

四  (結び)

よつて、原告は被告ら各自に対し、一四〇一万二二三三円及びうち弁護士費用を除く一三〇一万二二三三円に対する事故発生の日である昭和四七年六月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告らの事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項(一)のうち事故発生日、(発生時間は否認する。午後六時五〇分頃である)、発生地、原告車に酒の空びんがのつていたこと、原告車の車両番号、原告車が時速三〇キロメートルで進行していたこと、原告車が転倒し、原告が傷害を負つたことは認める。

原告車が原動機付自転車であること、原告の傷害の部位、程度は不知、その余の事実は否認する。

(二)、(三)は不知。

第二項中被告恭輔、同ノブ子が恭子の、被告次夫、同マサトが清次の、それぞれ父及び母であり、親権者であること、従つて被告らが法定監督義務者であることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

第三項中原告が酒屋を営業していることは認める。逸失利益は否認する。原告は、酒類販売を行つている自営の商人で、自宅に店舗を構え営業しているものである。したがつて、本件事故後においても売り上げは伸び何らの逸失利益も認められない。その余の事実は不知。

二  (事故態様に関する主張)

(一)  原告は、昭和四七年六月一〇日午後六時五〇分ころ、酒の配達を終えての帰途、ビールの空びん十数本を原告車の荷台にのせて団地の汚水処理場方向から小平第九小学校通り(以下九小通りという)に時速約三〇キロメートルで左折し進入してきた。

そのころ、小平九小通りに面した歩道では別紙図面街灯Bの地点付近で渡部潤子ほか一名の者が右街灯をはさんで左右に分れ、歩道の上でバレーボール用ボールを用いてパスをしていたが、原告が前記の方向から本件道路に進入してくるのを認めてボール遊びを止め、前記街灯Bより左側のフエンスに寄りかかり、道路に面して立ち話をしていた。

一方、恭子、清次の両名は、そのころ団地前のフエンス(高さ一・二メートル)に囲まれた空地(別紙図面の〈1〉の空地)でバレーボール用のボールでパスをしていた。恭子は〈イ〉点、(フエンスから一乃至二メートル内側、本件道路に向つて左端から四メートルの地点)に立ち、清次は恭子から四メートル離れた〈ロ〉点(フエンスから一・五メートル内側、本件道路に向つて右端から二メートルの地点)に立つてそれぞれ向いあつていた。そして原告車が小平九小通りに左折して進入後、道路の右側(原告車の進行方向に向つて。以下同じ)を小平第九小学校(以下九小という)の塀寄りに時速約三〇キロメートルで進行して丁度別紙図面街灯B地点よりやゝ前方にさしかかつた頃、恭子が清次に送つたボールが低くそれたため、バウンドをして同人の手にふれたあと別紙図面〈1〉と〈2〉の空地の中間にある建物の入口に通ずる歩道(以下本件歩道という)を伝わつて、九小通りの本件道路へころころと転つて出てボールは、道路の校庭よりの別紙図面3の地点にとまつた。

ボールが車道に転がり出てとまつたとき原告車は電柱Bより少し先を進行していたのであるから、そのときのボールと原告車の距離は約二〇メートルはなれていたことになる。ところが原告はそのまゝ直進し、原告車がボールに接近したころ、このボールをとりに行こうとして歩道へ出て原告車の通り過ぎるのを待つていた清次および同恭子が、「おじさん危い」といつて制止するのを全く無視してそのまま直進したため、原告車は右停止しているボールに乗りあげて、荷台の重荷も作用してバランスを失つて転倒するに至つたのである。

(二)  本件事故が発生した道路は、防衛庁官舎数棟が立並ぶ所謂官舎団地と九小の校庭との間にある、九小通りと呼ばれている幅六メートルの市道である。そして右団地の端から端までのほゞ中間位に小学校の通用門が存在している。したがつてこの道路は、小学生の登下校時には学童の集団が通行する通りであるので、とくに午前八時から九時の間は車両の通行が禁止されているのである。学童の下校時には時間帯に差があるので禁止まではしていないが、学童の安全を考慮し、最徐行をし注意をして運行するのが一般に慣行化されている。

またこの通りは間道になつているので一般の車が通行するのは少く、ほとんどが官舎の住民か、官舎に関係がある車、例えばクリーニングなど官舎に出入りしている人達の車で、閑散とした道路である。この官舎地域には子供が約二〇〇人位いて、官舎の裏には子供達のために一応広場が用意されているが、中学生程度の子供が野球をするため、ここにあぶれた子供達は官舎のまわりの空地で遊ぶが時としてはこの道路は子供達のボール遊びの場とさえなつているのが実情である。

原告はこの官舎からあまり離れていないところに店舗兼住居を有しているので、この団地は原告にとつては大口の得意先であり、酒類の配達のためしばしば通過する道路であるので、この道路の事情は熟知しているはずである。

なお本件事故当時天候は晴天で初夏の午後六時五〇分ごろで街灯も点灯されておらず、明るく見遠しは極めて良好であつた。

(三)  本件は原告の一方的過失によるものである。すなわち、

1 本件道路付近には前記のごとく官舎の子供達がよく遊んでいることは原告も熟知していたのであるから、子供達の動向によく注意して、速力も通常より低い速度で進行する義務があつた。ところが原告は時速三〇キロメートルという原付自転車に認められている最高の速度で、しかも渡辺潤子ほかが立つているのに全く気がつかないという散慢な注意力で進行していたこと

2 原告は車体が二輪であるから、運行を誤れば転倒することの可能性のあることおよび荷台に酒の空びんを積んでいたから運行を誤つた場合車のバランスを失い事故を大きくする可能性のあることは熟知し前方を注意して進行すべきであつたがこれを怠つていたこと

3 ボールが車道に出てとまつたころ、原告車は約二〇メートルはなれた地点を進行していたのであるから、原告がこれに気付いたならば十分これを避けて通ることができたにも拘わらず、またとくにボールに接近したころ子供達が「おじさんあぶない」と叫んで注意を喚起し、しかも原告は、この声を聞いていたにも拘わらず、漫然進行したためにこのボールにのりあげたこと

4 車両は道路の中央から左の部分を通行しなければならないにも拘わらず、これに違反し、右側を通行したものであり、また車両は道路の左側部分に設けられた安全地帯の側方を通行する場合において、当該安全地帯に歩行者がいるときは、徐行することになつているところ本件の場合、歩道には前記のごとく渡辺潤子ほか一人が街灯B地点に立つていたし、清次ほかの者が本件ボールを拾おうとして本件事故の発生した地点付近の歩道に立つていたのであるから、原告は当然徐行すべきであつたにも拘わらず、時速三〇キロメートルで進行したこと、また本件事故は学童横断歩道のすぐ手前で発生しているのであつて、この意味からいつても徐行し、しかも前方を注視して進行すべきであつたにも拘わらず、漫然時速三〇キロメートルで進行したため本件事故が発生したものといえること、なお、本件道路は事故後の七月二一日、徐行地域と指定され路面に「徐行」の表示がされていることからしても事故当時においても徐行すべき地域であつたということができること等の過失があげられ言葉を変えて表現すれば、前記の義務を遵守し、とくに徐行し、前方を注視して進行していたならば本件事故は十分に避けることができたもので、原告の全面的過失によつて発生したものというべきである。これがもしボールのかわりに子供であつたらいかがであろうか、運転者は当然子供を負傷させた場合これに対して損害賠償責任を負うが、この場合運転者も受傷した場合、運転者は相手方に対し損害賠償を請求できるであろうか。この意味からいつても原告の請求は不当なものといわねばならない。

三  抗弁

(一)  かりに恭子と清次の行為が不法行為を構成するとしても、本件事故の原因となつたボール遊びの性格からいつて当然同人らはその責任を弁識するに足る能力を具えていたもので、被告らには責任がない。

(二)  かりに恭子、清次らに責任能力がなかつたものと判断されたとしても、被告らは、同人らの行為については十分に監督をしていたこと、とくに同人らの原因行為が自宅付近のフエンスに囲われた中庭で行つていたこと、ボール遊びそのものがバレーボール用のボールでその遊びもパス程度のもので、通常他人に危害を及ぼす危険性のないものであること、本件のごとき事故は極めて稀有のことで通常の能力では予測することができないこと、また本件事故は原告が荷台にビールびんを積んでいたため発生もしくは被害が大きくなつていること等の点からいつて、被告らは十分監督義務を尽していたものということができる。

(三)  (過失相殺)

仮に被告らに過失があるとしても事故発生については前記のとおり被害者原告に過失があり、右過失が事故発生に寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(四)  なお本件事故の責任を判断するに当たつては、受益者責任という政策的配慮もなさなければならない。即ち原告は営業として荷台にビールびんを積んで本件道路を通行していたもので、換言すれば原告の行為は営利の目的行為であつて、営利行為から起る災害については、傷害保険をかけるなどして十分予防策を講じ、以て損害の補填をはかるべきものであつたのである。

第五抗弁事実に対する原告の認否

抗弁(一)を否認する。恭子と清次は責任能力がなかつた。

抗弁(二)を否認する。

抗弁(三)を否認する。

なお被告らはボールが止つていたと主張するが、ボールは停止せず、原告車の直前に転り、原告はこれに乗り上げ転倒したものである。本来、側溝の付いた舗装道路は両側に勾配をつけており、かりに別紙図面3の位置までボールが転つて来たとすれば勾配によつて更に学校側に転るはずである(パスボールのはね返りが手に触れて横に転つて勢のついているボールが本件道路の中央部分からはずれた位置で停止するということは常識的に考えられないことである。)。

抗弁(四)を否認する。

第六証拠関係〔略〕

理由

第一一 事故の発生

原告は昭和四七年六月一〇日小平市鈴木町一丁目一〇一番地先自衛隊官舎付近道路上を原告車に乗つて時速約三〇キロメートルで通りかゝり、その際原告車がボールにあたつて転倒し、原告が傷害を負つたことは当事者間に争いがない。

二 責任原因

(一)  右争いない事実に〔証拠略〕によれば、次のような事実が認められ、証人渡部潤子の証言、原告、被告富永ノブ子各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

本件事故が発生した道路(以下本件道路という。)は、防衛庁官舎数棟が立並ぶ団地と九小の校庭との間にある九小通り(幅員六メートル)と呼ばれる市道であり、本件道路は小学生の登下校時には学童の集団が通行するので、特に午前八時から九時の間は車両の通行が禁止されている。また本件道路は間道になつているので、一般の車が通行することは少く、官舎の住民か、官舎に出入りしているクリーニング店などの車の通行が主でおおむね閑散とした道路である。本件団地付近には子供が約二〇〇名いて、子供用の広場も用意されているが、そこでは中学生や上級学年の小学生が野球をするため、他の児童は官舎周辺の空地で遊んだり、本件道路でボール遊びをしたりすることもしばしばあるのが実情である。その際には大人も一緒にボール遊びをすることもよくあり、現に本件事故直前まで、被告ノブ子もフエンス内の空地で子供らと共にボール遊びをしていた。

原告は本件団地からほど近い所に店舗兼居宅を有し、酒屋を営んでいた(この点は当事者間に争いがない)ので、酒類の配達のためしばしば本件道路を通過し、前記のような道路事情は熟知していた。本件事故当時天候は良く、事故発生時間は七時前後で街灯も点灯されていず、明るく、本件道路上直線の見とおしは良かつた。その頃恭子、清次の両名は、本件団地前のフエンスに囲まれた空地(別紙図面〈1〉)のうち恭子は同図面〈イ〉点付近、清次は(ロ)点付近に向い会つて立ちバレーボール用のボールでパスをしていた。現場付近の概況は別紙図面のとおりである。

原告はビールの空びん一ダースを原告車(原動機付自転車)荷台に乗せて、別紙図面の汚水処理場方向から左折して本件道路に進入し、道路右側を九小寄りに時速約三〇キロメートルで進行した。原告が同図面電柱B付近に差かゝつた頃、恭子が清次に送つたボールが低くそれたため、ボールはワンバウンドして同人の手にふれたあと本件歩道を伝わつて本件道路に転り出て、同道路の校庭寄りの図面〈ハ〉点に来た(証人渡部潤子はボールがとまつたと供述するが遠くから見ていたものであり、直ちに採用できず、ボールがとまつていたか否かは確定できない)。一方清次はボールを拾いに行こうとしてフエンスの外側歩道に出て行き、恭子はフエンスに寄りかゝつていたところ、原告車が進行して来たため、清次は立上つてその通過を待つていた。ところが原告はボールに気づかず、そのまゝ直進しボールに接近したので、恭子と清次は「危い」といつて制止したが、原告車は右ボールに前輪を乗り上げ、転倒するに至つた。当日以前にも子供らの遊んでいるボールが本件道路に転り出たことは何回かあつた。

(二)  ところで右に認定したような場所でバレーボールのパスをする者としては、本件道路に誤つてボールが飛び出したり、転り出せば、道路を進行中の車両や人が損傷したり、交通の妨害となることが予想されるので、道路にボールを出すことのないよう、或いは万一ボールが出ても交通の安全に支障のないよう注意をつくし、それらが不可能であるならば、同所ではボール遊びをしないようにすべきであつたのにこれを怠つたため恭子と清次は原告に後記の損害を与えたものと認められる。

(三)  被告恭輔、同ノブ子は、恭子の父及び母であり被告次夫、同マサトが清次の父及び母であり、それぞれ親権者として法定の監督義務を負うことは当事者間に争いがないところ、〔証拠略〕によれば、恭子は昭和三三年一〇月一一日生、清次は昭和三六年七月二日生で当時恭子は一三才、清次は一〇才の未成年者であつたこと明らかであるから、被告らは、恭子、清次が原告に加えた損害を賠償する責任があるものといわなければならない。

被告らは恭子、清次に責任能力があつたと主張するけれども特段の事情のない本件においては、その年令からみて同人らには未だ前示行為の責任を弁識するに足るべき知能を具えていなかつたと認めるのが相当である(恭子については、年令からみて責任能力がある場合もあろうが、本件における行為の結果が違法なものとして法律上非難に価することを弁識する知能は具えていなかつたものと判断される)。

更に被告らは、被告らが監督義務を怠らなかつたと主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。

(四)  ところで前示認定事実によれば本件事故発生については、原告にも次のような過失があつたことが認められる。

すなわち、

本件道路付近には、官舎の児童らがよく遊んでいることは原告も熟知していたのであるから、ときには、フエンスの中から児童らがかけ出したり、ボールが出て来たりすることを予想し、原告車の速度をおとし、前方を十分注意して進行すべきであつたのに時速三〇キロメートルで、しかも車両の運転者として基本的義務である前方注視をかいていたことが事故発生の大きな原因をなしており、もし、原告が、通常の前方注視をしていれば本件事故は容易にさけられたものと推認される。

従つて、後記原告の損害算定につきこの点を斟酌することとする。

三 事故と傷害の関係

〔証拠略〕によれば次のとおりの事実が認められ、これに反する証拠はない。

原告は本件事故により右脛骨々折兼右膝半月板粉砕の傷害を負い、昭和四七年六月一〇日から同年七月五日まで入院、その後通院治療をし、同年八月七日にギブス固定を除去以後も通院してマツサージと電気治療をうけていたところ大腿部の金具除去のため昭和四八年二月一三日から同月一八日まで再入院し、退院後同年三月一六日まで通院治療をした(通院実日数四七日)外マツサージ治療を八日間にわたつてうけた。右治療の結果、昭和四八年三月一六日に至つて一応症状は固定し、右膝関節運動障碍(他動伸展一六〇度、屈曲九〇度)の後遺症が残り現在に至るも坐つたり、しやがんだりすることが出来ない。

四 損害

(一)  (損害)

1  治療関係費 一二万二三七〇円

(1) 治療費 六万一一七〇円

〔証拠略〕により認められる。

(2) マツサージ代 五六〇〇円

〔証拠略〕により認められる。

(3) 入院雑費 一万〇二〇〇円

〔証拠略〕を併せ考えると原告は入院期間三四日間につき一日当り三〇〇円の割合による雑費を要したものと推認される。

(4) 医師、看護婦等に対する謝礼 一万円

〔証拠略〕によれば原告は医師、看護婦等に対する謝礼として一万八〇〇〇円の支出をしたことが認められるが、そのうち一万円を本件事故と相当因果関係ある損害と認める。

(5) 文書料 一五〇〇円

〔証拠略〕により認められる。

(6) 通院交通費 三万三九〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告は三万三九〇〇円以上の通院交通費(タクシー代)を支出したことが認められるが、そのうち当初四二日分は一日当り七〇〇円、その後五日分は一日当り九〇〇円の割合で算出した三万三九〇〇円を本件事故と相当因果関係ある損害と認める。

2  逸失利益 三三五万円

〔証拠略〕によれば次の事実が認められこれに反する証拠はない。

(1) 原告は、昭和四〇年一一月肩書地において妻と二人で酒屋を開業し、以来本件事故に至るまで営業を続けて来た(本件当時原告が肩書地で酒屋を経営していたことは当事者間に争いがないことは前認定のとおりである)ものであり他に従業員はいなかつた。

(2) 事故前の原告方の収入状態は、確定申告によれば収入金額は昭和四四年度一七二二万六三八七円、昭和四五年度二〇〇二万〇九二八円、昭和四六年度二一九二万三八八二円、必要経費は昭和四四年度一五四九万五八六六円、昭和四五年度一七九四万一六八三円、昭和四六年度一九七四万四三六〇円であり原告と妻の合計所得金額は昭和四四年度二一五万〇五二一円、昭和四五年度二五六万九二四五円、昭和四六年度二六九万四五二二円であつた。

右事実を基礎に原告が前記後遺症により将来にわたつて失つた得べかりし収入の算定をすることとなるが、年間収入としては昭和四六年度における原告方の収入を基礎として差支えないと考える。即ち、原告方の営業は、事故前数年にわたり順調な成長を遂げており、特段の事情のみられない本件においては原告が本件事故にあわなければ、原告方では少くとも昭和四六年度程度の収入をあげえたであろうと認められるから事故前数年の収入の平均をとることは必要でもないし妥当でもないと考えられる反面、原告の主張する昭和四七年度については事故にあわなかつた場合の収入増加の割合を確実に推測する証拠は不十分であり、控え目に算定することとする。(なお原本の存在及び〔証拠略〕によれば、昭和四七年度の原告の収入金額は二二一六万五二九二円、必要経費は二〇〇四万四五八七円で、原告と妻の合計所得金額は、二六八万〇七〇五円であり、事故発生前に比し減収がないような外観を呈しているが、原告本人尋問の結果によれば、原告の受傷後は原告の妻が減収を防止すべく労働を強化し、努力したことが認められる外、それ以前の原告方の営業状態が順調にのびていたこと、物価の上昇等による収入の増加分があること等を併せ考えると原告が受傷しなかつたと仮定した場合に比し実質所得が減少してないとはいえない。)

ところで原告方は妻と二人で営業しているので妻の寄与分を斟酌しなければならないところ、〔証拠略〕によれば、原告の寄与分としては、三分の二と認めるのが相当である。従つて原告の労働による収入は計一七九万六三四八円になる。

(3) 次に原告が前記後遺症によりどのていどの労働能力を喪失したかを検討すると〔証拠略〕によれば、酒屋の営業には配達が不可欠であること、本件事故前は配達は殆ど原告がしていたこと、一日平均二〇軒は配達が必要であつたこと、配達するものは酒、ビール、醤油等であること、現在原告は単車に乗つて配達も出来るようになつたが、前記後遺症のため、階段のある所には、若干目方のあるものは持つて上れないので配達出来ず、代りに原告の妻が自転車で配達していることが認められる。以上の事実に前認定の後遺症の部位、程度、原告の職業、年令及び労災補償保険上労働能力喪失率の基準とされていることが職務上顕著な労働基準監督局長通牒(昭和三二・七・二基発第五五一号)等を総合すると、原告は、本件後遺症により昭和四八年三月から二〇年間にわたり平均して少くとも一五パーセントの労働能力を喪失したものと認められる。そこで年五分の中間利息をライプニツツ方式により控除し、右時点の逸失利益の現価を算定すると次のとおり三三五万円(万円未満切捨)となる。

算式 一七九六三四八×〇・一五×一二・四六二二=三三五〇〇〇〇

3  慰藉料 一一〇万円

原告の本件傷害及び後遺症による精神的損害を慰藉すべき額は、前認定の原告の傷害部位、治療経過、本件事故の性質、態様、加害者側の原告に対する慰藉の態度その他一切の事情(原告の過失は一応度外視する)を併せ考え、一一〇万円が相当と認める。

4  原告車修理費 四四五〇円

〔証拠略〕により本件事故により原告車が破損し原告は修理費として四四五〇円を支出し、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(二)  (過失相殺)

以上により原告の損害は四五七万六八二〇円となるところ、本件事故発生には、原告にも前示の重大な過失があるのでこれを斟酌し、右損害のうちほゞ二割にあたる九一万円を被告らが連帯して支払う義務があるものと判断する。

(三)  被告らは、受益者責任という政策的配慮がなされるべきであると主張するが、本件において右被告らの主張は相当でなく採用しえない。

(四)  弁護士費用 九万円

以上により被告らは連帯して原告に対し九一万円を支払うべきところ、〔証拠略〕によれば、被告らはその任意の支払をしないので原告は弁護士である本件原告訴訟代理人に訴の提起と追行を委任し、着手金として三〇万円を支払い、成功報酬として認容額の一割を支払うことを約していることが認められる。しかし本件事案の内容、審理の経過、認容額に照して、被告らに負担させるべき弁護士費用相当分としては九万円が相当である。

第二結び

よつて被告らは各自、原告に対し一〇〇万円及びうち弁護士費用を除く九一万円に対する事故発生の日である昭和四七年六月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、その限度で原告の請求を認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤壽一)

別表

〈省略〉

別紙図面〔略〕

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